不思議な本のひみつの話

 あるところに、不思議なひみつの本がありました。ずっと忘れられていた古い本で、家の奥の本棚にしまってあったのです。その本は、一度読んだ箇所をもう一度読もうすると、綺麗さっぱり消えてしまうのでした。ある日、本の大好きな女の子が、その不思議な本のひみつに気がつきました。ところが大人にいっても信じてもらえません。


 女の子は見つけ出すことのできなかったお気に入りの箇所についてなんとか思い出そうとしました。その箇所は、たとえばこんな箇所でした。雲の色の変化していく様子についてや、科学者が大発見した時の閃き、仲間たちと見つけた森の奥になる赤い木いちごの味、夜に家を抜けたして見にいった海の表面に映る月明かりの揺らめきなどについてです。内容は思い出せるのに、どうしても最初はどのように書いてあったのかが思い出せません。なんとか思い出そうとするうちに、女の子は想像してその世界を探検するようになりました。想像の世界はお話を入り口にしてどこまでも続いていました。最初はどうして言葉が本から消えてしまったのかが気になって仕方なかったのに、いつのまにかどうでも良くなっていました。そうして女の子は世界を楽しむことに夢中になりました。(実際、その本を読むまで女の子は想像の世界に入ることをよく知らなかったのです。)


 想像の世界が大好きになりましたが、そのことを言い出す気にはなりませんでした。なぜなら、そんなことを言い出せば、夢みがちなおかしな子と思われるか、それとも可哀想な子だと思われるだろうと想像したからです。少なくとも学校の先生たちは授業中に意見を聞く時、先生の望む答えを期待していることを、こどもたちは知っていました。そして、希望通りの答えは褒められ、想像をこらした答えは無惨にも打ち砕かれることも知っていました。大人たちが思っている以上にこどもたちは賢かったので、本当に純粋な面を無邪気に出すこどもはほとんど居なかったのです。それは女の子も例外ではありませんでした。


 ある日の帰り道。友達との会話の中で女の子はつい楽しくて、想像の話をしてしまいました。そして、青ざめる間もなく息を飲み込みました。すると、友達は少し驚いた顔とキラキラした目で、その話、もっときかせて!と言いました。女の子は息をはきだして、もう一度吸ってから、ほんとうに?と聞きました。友達はゆっくりニッコリ頷いて、おんなのこは話を続けました。友達は女の子の想像の世界に入ってきて、一緒にその想像について話し合いました。なんて楽しいのでしょう。それは1人で考えることよりも心踊る楽しいことでした。それから、ふたりは想像したことを一緒に実現するようにもなりました。たとえば、内緒でふたりだけで海にいったり(ほんとうはこどもだけで海にいくことを大人たちはダメと言っていましたが)、拾ってきた貝殻や角のまるくなった綺麗なガラスを缶に入れて樹の根元に埋めたり。それは想像だけをしていた時よりも、もっともっと楽しいことでした。


 そうやって毎日を楽しんでいる間に本はどこかへいってしまいました。でも、女の子が気がついたのはそれからずっとずっとあとのことでした。女の子はがっかりしたと思いますか?いいえ。女の子は自分がその本を探さなくても良いと感じていたのです。できるなら、もしかしたら、だれか他の子がその本を見つけ出してよんでくれていたらいいなぁ、と思いました。そうしたら、その子と楽しいことができるかも!