20101024

1人の人がギャラリーの奥の部屋に入って来た。丁度、私が本を買っておつりをもらうタイミングだった。その人はボブで真っすぐな黒い髪の女のひとだった。私は目を奪われた。静けさをまとっている、なんて美しいひとなんだろう。色白で、背筋がピンとした彼女には、ずっと大声で笑ったことのないような蒼い灰色のうすい影のみたいなものを感じた。それが彼女の美しさをいっそう引き立たせていたのかもしれない。彼女の印象は、誰もいない森の奥にひっそりと存在する、波ひとつない鏡のような湖だった、高く抜ける空だけを映している。オーナーに軽く挨拶すると、展示室の方へ戻っていった。私は彼女の後ろ姿が部屋から出て行くのを見届けていた。



余韻に胸を打たれていると、オーナーはいった。彼女が、いま君が買った本にかかれている人の恋人だったと。私はストンと納得した。そしてなんて素敵な恋人同士だろうと思った。私の持っている本は表現に生きた若い青年の作品集だった。いま、この部屋に彼が遊びにきているかもしれないな、とオーナーは小さい声でいった。私もそうだな、と感じた。いまは会社員の彼がいるんだがね、とオーナーは私に説明した。けれども、その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。それ以上は何も言わなかったけれども、オーナーの複雑な気持ちは声の震えを通して部屋に居る、人と物にしみいったように感じた。




あとから見せてもらった、写真の彼はしあわせそうで、彼女の髪は長かった。