チョコレートとお姫さまの話

むかし、砂漠にお姫さまがいました。それはとても美しいひとでしたから、多くの王様やお金持ちが彼女を一目みたいと、金銀や、豪華な宝石、珍しい宝物をもってお城を訪れました。けれども、お姫さまは、少し困っておりました。プレゼントをくださる気持ちは嬉しかったのですが欲というものがほとんどなかったのです。財宝など持て余してしまうので、苦しい生活をしている民衆のために使ってほしいと思っておりました。


彼女の好きなものといえば、砂漠の月や夜の星で、毎晩空を見上げることが楽しみでした。そんな純粋で美しいお姫さまでしたので、彼女を見た男性は、みな恋に落ちるのでした。しかし、お姫様は年頃にも関わらずまだ恋をしたことがありませんでした。このことには、王様とお妃様も頭を抱えていました。


ある日、お城をひとりの青年が訪れました。世界中を旅する商人の息子でした。商人の息子の格好は、ほかの王様たちのように豪華ではありませんでした。しかし、心優しい少年でした。彼は丸い包みをもっていました。それは乾いたココヤシの実に、らくだの皮が張られた入れ物でした。「お姫さま、ぜひ受け取ってください。」お姫さまは、こんなプレゼントは初めてでした。ありがとう、と受け取り、包みをあけますと中には何やら白いかたまりが入っていました。


それはチョコレートでした。そのころ、チョコレートと言えばホワイトしかありませんでした。チョコレートは大変珍しいものでしたから、お姫さまも初めて見るのでした。


「お姫さま、これはチョコレートと言います。ぼくはチョコレートが大好きなので、お姫様にも食べさせたいと思い持って参りました。そのままお召し上がり下さい。」お姫さまはと微笑むと、白いチョコレートをひとつ、中指と親指で摘み、好奇心いっぱいの目で見つめました。それから商人の息子を見ますと、息子はゆっくり頷きましたので、お姫さまはじぶんの口に一口入れました。チョコレートが少しずつとけて、苦みと少しの甘さが広がりました。


「・・・!」お姫様は言葉を失って、うっとりしました。そして、とろんとした目のまま、残りのチョコレートを見つめました。するとチョコレートはお姫様に恋焦がれて、全て茶色くなってしまいました。お姫様は驚いて、茶色になったチョコレートもひとつまみ口に入れました。すると、とたんに息子のことが好きになってしまいました。


「私もあなたの好きなチョコレートが大好きになりました。遠いところから、もってきてくださってありがとう。よかったら、もうすこしお城に滞在してくださいませんか。あなたとお話がしたいです。」これには王様もお妃様も大喜び。息子も喜んで申し出を受けました。けれども、いちばん驚き、いちばん嬉しい気持ちになったのはお姫さまかもしれません。お姫様はこんな気持ちになったのは初めてだったのです。そして、この気持ちにさせてくれた息子を大切に思いました。


それから、二人は仲良く幸せに暮らしました。遠いとおい昔の話なので、お姫様も息子も死んでしまいました。そうしてこのお話もだんだんと忘れ去られてしまいました。ただ、世界中のチョコレートだけが、いまでも、お姫様のことを覚えているのでした。